外神田地区連合 神田松富町会

2019年05月12日 09:54
【町会の特徴】
江戸時代の外神田四丁目周辺には武家屋敷以外に、商人や職人の住居が立ち並ぶ「松下町二丁目」、「松下町三丁目」、「永富町三丁目」と呼ばれる町屋がありました。
明治2年(1869)、これら三町が合併し、さらに武家屋敷も編入して新しい町、松富町が誕生しました。
この名前は、松下町と永富町から一文字ずつ取ってつくられたものです。

町の真ん中を走る現在の中央通りにあたる道は、江戸時代、将軍が上野の寛永寺へ参詣するときに通る道でもありました。
特に毎年正月十日に行われた「正月御成」では、将軍は必ずここを通ったので、道の名前まで御成と呼ばれるようになりました。
因みに、将軍御成の当日は、沿道の家は火を使うことも許されないほど、厳重な警備体制が敷かれていたようです。

昭和40年頃までは町内には稲倉魂命を祀る三社稲荷がありました。
御利益が多い神社で、講武所の芸者の参詣は頻繁にあったと言われています。

町会の該当区域は外神田四丁目6〜13番地となっています。

【神輿の特徴】
神田松富町会の神輿は、昭和53年に宮本 重義の手により作られました。迫力のある宮入を是非ご注目下さい。

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外神田地区連合 神田同朋町会

2019年05月12日 09:45
【町会の特徴】
同朋町会は、明暦の大火以前までは寺地でしたが、明暦の大火(1657)後に寺地を外に移し、幕府同朋衆の屋敷としました。

「同朋」というのは、室町時代に始まり、幕府の雑務、茶事を務めた僧体の小史のことを言います。

江戸幕府では、城中における大名の案内・更衣・刀剣の上げ下げ・茶弁当の世話をし、将軍外出の際には、長刀を持って従っていました。

平成8年3月に新調した浅草の宮本卯之助商店作の御神輿で同年5月の神田明神例大祭に参加しました。

町会の該当区域は、外神田二丁目10〜15番地、6丁目1・2番地及び3番地3・4・7・8号となっています。

【神輿の特徴】
神田同朋町会の神輿は平成8年に新しく作り直しました。
宮本 卯之助の作品です。
美しい仕上がりの中にも下町の落着きを調和した風情になっています。

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子供神輿
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外神田地区連合 神田元佐久間町会

2019年05月12日 09:35
【町会の特徴】
元佐久間町も栄町と同じように小笠原藩邸でした。
明治3年に秋葉原の火除け地となる際に、神田佐久間町一丁目及び神田柳屋敷の代地として小笠原家屋敷跡に移転してきました。

この時に、神田元佐久間町の町名が生まれました。
「元」という名前は、新たに生まれたこの町を神田佐久間町と区別するために付けられました。

明治44年(1911)に、元佐久間町と改称されましたが、昭和22年、千代田区ができたときに、町名は再び神田元佐久間町となりました。

町会の該当区域は、外神田五丁目2・5番地となっています。

【神輿の特徴】
神田元佐久町会の神輿は昭和5年に宮惣の手により生まれたものです。歴史ある神輿とともに、宮入れします。

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外神田地区連合 神田田代町会

2019年05月12日 09:27
【町会の特徴】
田代町は、江戸時代中頃までは武家屋敷でしたが、寛政5年(1793)の大火で神田川周辺にあった町が燃え、町の一部が火除地となりました。

翌年、その町に住んでいた人々が、御成道の旗本永井 伊織の屋敷跡を代地として与えられて移転してきました。
当初は「神代町」としましたが、あまりにも名前が立派すぎるので「神田代地」を省略して、「田代町」と改めました。

町内には花房稲荷が祀られています。
現在の社は戦火により消失してしまい、戦後に地元住民が再建したものですが、神社そのものは江戸時代からこの地にあったとされ、古くから地域のシンボルとして人々に親しまれています。
現在も4月にお祭りをしており、田代町の人々が大切に守っています。

町会の該当区域は外神田四丁目2〜6番地となっていなす。

【神輿の特徴】
神田田代町会の神輿は、昭和35年に生まれました。
他の神輿に比べ、引き締まっている作りです。
是非ご注目下さい。

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外神田地区連合 神田栄町会

2019年05月12日 09:16
【町会の特徴】
神田栄町はかつて、神田栄町と呼ばれ、江戸時代には武家屋敷が立ち並んでいた地域で、この一帯が豊前小倉藩小笠原家の中屋敷だった記録が残っています。

この界隈が大きく様相を変えたのは明治維新後のことです。
明治2年(1869)12月、神田相生町から出た火事によって、現在の外神田周辺は焼け野原となってしまいました。
そこで明治新政府は、神田竹町 、神田平河町 、神田松永町などに、防火のための火除地を設置し、鎮火神社(秋葉神社)を建立しました。
それらの町に住んでいた人たちがこの界隈に移転させられ、神田栄町となりました。
「栄」という名前は、新たに繁栄するように、との願いから付けられたと言います。

明治44年(1911)、町名は神田を取り、栄町と改称しますが、昭和22年に、神田区と麹町区が合併して千代田区が成立した際、ふたたび神田栄町となりました。
そして昭和39年、住居表示の実施で神田亀住町や神田元佐久間町とともに、現在の外神田五丁目となりました。

町会の該当区域は、外神田五丁目1・6番地となっています。

【神輿の特徴】
神田栄町会の神輿は昭和54年製作のものです。

皆さまの心に強く迫る宮入りをします。

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外神田地区連合 万世橋町会

2019年05月12日 09:06
【町会の特徴】
外神田一丁目の一帯は、神田川に架かる橋の名に因んで万世橋と呼ばれています。
万世橋の名前は、明治6年(1873)、昌平橋よりもやや下流に架けられた「萬世橋 」に由来します。
完成時は「よろずよばし」と命名されていましたが、いつしか「まんせいばし」という音読みが一般化しました。
また、万世橋は日本初の石橋でもあり、眼鏡橋と呼ばれたりもしています。

当時、武家地だった神田仲町と神田花房町は、享保年間(1716〜1736)に町屋となり、商人や職人が移り住むようになりました。
また、神田花田町は、明治2年(1869)、武家地だった花房町代地と須田町代地を合わせ、両町から一字ずつ取ってできた町です。
地元の万世橋町会は、戦後、その3つの町にまたがって成立した町です。
昭和39年(1964)、これら3つの町は外神田一丁目に変わり、現在に至っています。

電気街として有名な秋葉原もこの万世橋地区内にあり、戦前からすでに電気部品やラジオなどを扱う問屋や小売店がありました。

町会の該当地域は、JR秋葉原電気街口周辺の、外神田一丁目1番地8〜14号、2番地、4番地9〜17号、10〜17番地となっています。

【神輿の特徴】
万世橋町会の御輿は、昭和35年、宮本重義の手によるものです。
神田祭においても、比較的大きな神輿となっています。ぜひご堪能ください。
総勢300名の担ぎ手により宮入を行います。

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外神田地区連合 神臺会

2019年05月12日 08:53
【町会の特徴】
神臺会は神田神社の男坂下に位置します。
昭和39年に町名変更が実施されるまでは「台所町」と呼ばれていました。
明暦の大火(1657)までは日蓮宗の幸龍寺や曹洞宗の万隆寺の寺領でしたが、明暦の大火後、江戸幕府の火災対策の政策により、かつては寺が立ち並んでいた神田神社の裏手も、この新政策に沿って、城内の御台所御賄方の武家屋敷として再建されました。
御台所町という旧地名は、このときに始まるものと考えられています。 
さらに寛文12年(1672)、この場所に住んでいた武士たちの希望もあり、町内に「町屋」が作られました。
以降、御台所町は町人の町として発展を遂げていきました。
神田明神に近いという事から、「神田明神下御台所町」と長い名前が付いていましたが、明治5年(1872)に「神田台所町」となりました。
「神臺会」の名称は明治27年(1894)、日清戦争の年に町名として始まりました。日露戦争戦勝記念の「石橋」山車には提灯が飾られており、上の提灯の文字は「神臺会」、下の提灯の文字は「臺所町」となっています。さらに、戦後すぐの昭和21年製の太鼓には「神臺会」の文字が彫られており、現在もこの名称を町会名として使用しています。今年で121年の歴史となります。
神臺会は、現在も神田明神のお膝元としての誇りを強く持っている町会です。
町会の該当区域は、外神田二丁目5番地1~12号に加え、7番地1号・4号を除く、6~9番地となっています。

【神輿の特徴】
外神田連合の一番神輿です。
神社拝殿、前石段を舞台に奉納舞を行います。
その直後、神臺会の大小の神輿の宮入参拝を行います。
宮入後は外神田各町会の神酒所を神輿を担いで訪問し、交流を深めます。
その後、正午過ぎには秋葉原駅前中央通り「おまつり広場」へと場所を移し、外神田連合12基、岩本町東神田連合3基と江戸神社千貫神輿と協力して、神輿天国を盛り上げていきます。

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神輿宮入 ライブ配信

2019年05月12日 08:34

神輿宮入 ライブ配信

Youtubeライブ配信 生中継スタートしました。
東京ケーブルネットワークでも同時放送中

1部(8時半〜)
https://youtu.be/PSHKKMcbfdA

2部(14時〜)
https://youtu.be/VMMwlVRQnS0

3部(17時半〜終了まで)
https://youtu.be/F_kZ_UrTjbU

#令和元年神田祭

神輿宮入

2019年05月12日 06:55

神輿宮入

大小200の神輿が練り歩き粋でいなせな江戸っ子たちの 掛け声が響き渡る

神田祭で最も見応えのある神輿宮入。大小200を超える各町の神輿は、神田の町を練り歩きな がら神田明神を目指す。次々と神輿が到着する境内には壮麗な景色が広がり、氏子たちの熱気に圧倒される。

本日は9時ごろから、神臺会の宮入から始まります。
神幸祭同様、Youtubeライブ配信を行います。

1部 8時半〜
https://youtu.be/PSHKKMcbfdA
2部 14時〜
https://youtu.be/VMMwlVRQnS0
3部 17時半〜
https://youtu.be/F_kZ_UrTjbU

東京ケーブルネットワークでも、同時生放送いたします。
盛り上がっているポイントを教えていただければ、中継に伺います。
メール mail@kandamatsuri.ch
もしくは、#令和元年神田祭 でTwitterでつぶやいてくださいね。

昨日の神幸祭のYoutubeライブ配信のアーカイブを
https://youtu.be/Zqem5TPcKCA
でご視聴いただけます。

明日は神輿宮入「Internet TV 神田祭.ch」

2019年05月11日 20:50

明日は神輿宮入の日です。
「Internet TV 神田祭.ch」では8:30頃より、神輿宮入の様子を完全生中継いたします!!

臨場感あふれる、宮入をお伝えして行きます!お楽しみください。
ゲストに稲川淳二さん!他にも、シークレットゲストも登場します!!
お見逃しなく!!

ナビゲーター、ゲストへの応援メッセージ、コメントはインターネットTV神田祭.ch  投稿用メールアドレス
mail@kandamatsuri.ch
まで

Twitterはハッシュタグ「#令和元年神田祭」をつけてツイートをお願いいたします。

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明日は神輿宮入「Internet TV 神田祭.ch」 2019.05.11

明日は神輿宮入の日です。 「Internet TV 神田祭.ch」では8:30頃より、神輿宮入の様子を完全生中継いたしま ...