
【町会の特徴】
魚河岸会(うおがし かい)は、日本橋から築地、そして豊洲へと続く、魚市場の関係者による団体です。
魚河岸水神社(うおがし すいじんじゃ)や、加茂・能人形山車(かも・のう にんぎょう だし)の管理・運営を行っております。
神田祭に華を添える加茂・能人形山車(かも・のう にんぎょう だし)は、江戸時代から続く、伝統的な江戸型山車(えどがた だし)。
その姿は、江戸の祭礼文化(さいれい ぶんか)を今に伝える、きわめて貴重な存在です。
本来は、牡(おす)の黒牛(くろうし)一頭で曳(ひ)き回すものですが、今回は人力での曳行(えいこう)となります。
最上部には、能(のう)の演目「加茂(かも)」に登場する、「別雷神(わけいかずちのかみ)」が飾(かざ)られています。
この神は、京都・上賀茂神社(かみがも じんじゃ)に祀(まつ)られ、五穀豊穣(ごこく ほうじょう)と国土守護(こくど しゅご)を
祈り、舞台を勇壮(ゆうそう)に舞います。
江戸時代、加茂・能人形山車(かも・のう にんぎょう だし)は、天下祭において十番目に曳(ひ)き出されておりました。
天保(てんぽう)9年、第十二代将軍・家慶公(いえよし こう)の時代にも、江戸市中を巡行した45台の山車(だし)のうち、
10番目だった記録が山車番付(だし ばんづけ)に残されています。
江戸型山車(えどがた だし)の特徴である、二段上下可変式(にだん じょうげ かへんしき)の三層構造も受け継がれており、
江戸城の城門、約4.4メートルを通過するための工夫が施されています。
能人形(のう にんぎょう)の衣装や中段、下段の幕には、すべて職人の技による豪華絢爛な刺繍と織が施され、見る人を圧倒)します。
関東大震災で初代(しょだい)の山車(だし)は焼失しましたが、明治15年に製作された1/10の模型をもとに、昭和30年、
築地市場 開設20周年を記念して復元されました。今年で復元70年を迎(むか)えます。
この山車(だし)は、東京都中央区より「区民有形民俗文化財(くみん ゆうけい みんぞく ぶんかざい)」に指定(してい)されています。
また、魚河岸水神社(うおがし すいじんじゃ)は、天正(てんしょう )18年、徳川家康(とくがわ いえやす)の
江戸入府(えど にゅうふ)にともない、日本橋魚市場の開祖(かいそ)、森孫右衛門(もり まごえもん)が、
大漁安全、子孫繁栄、徳川家の武運長久(ぶうん ちょうきゅう)を祈願し、神田明神境内に創建したのが始まりです。
明治34年には、現在の神田明神境内に社殿を新築し、「魚河岸水神社(うおがし すいじんじゃ)」と改称(かいしょう)。
以来(いらい)、日本橋魚市場(にほんばし うおいちば)の守護神(しゅごしん)として親しまれています。
今回の神田明神 境内巡行(けいだい じゅんこう)は、
本年三月、魚河岸水神社本殿(うおがし すいじんじゃ ほんでん)の修復完了を記念して実施されるもので、歴史上、初めてのこととなります。
協賛スポンサー様はランダム順で表示しております。