中神田十三ヶ町連合 内神田鎌倉町会

2017年05月14日 15:24

【町会の特徴】

天正18年(1590)に徳川家康は江戸城へ入り、「鎌倉町」の付近は江戸城の築城工事の際、資材の荷揚げ場となっていました。多くの材木石材が相模の国(現在の神奈川県)から運び込まれ、鎌倉から来た材木商たちが築城に使う建築部材を取り仕切っていました。そのため荷揚場が「鎌倉河岸」と呼ばれ、それに隣接する町が「鎌倉町」と名付けられたと言われています。

鎌倉町は400年以上の歴史がある江戸最古の町の一つです。

町内にある御宿稲荷神社は、小さいながらも江戸が都市化する以前から祀られている数少ない神社の一つです。

家康公がはじめて江戸に来たときに、一夜を明かした家の庭に祠があり、後に幕府より家康の足跡を記念して社地を寄進されたため、世に御宿稲荷神社の大神と祀られるようになりました。

町会の該当区域は内神田一丁目一番5〜9・12・14号、5〜8番及び内神田二丁目1〜7、内神田三丁目1〜4となっています。

【神輿の特徴】

内神田鎌倉町会の神輿は朱色の飾網が美しい、2尺5寸の大神輿です。昭和38年に宮本 重義により作られました。

担ぎ手の緑色の半纏と神輿の鮮やかな対比をお楽しみ下さい。

綺麗な担ぎ方が当町会の自慢です。

IMG_7372

IMG_7377

IMG_7379

中神田十三ヶ町連合 淡路町二丁目町会

2017年05月14日 15:13

【町会の特徴】

江戸時代、この界隈は、武家屋敷が立ち並ぶ地域でした。

永井信濃守の屋敷が松平伊豆守の屋敷となり、のちに若狭小浜藩酒井家の上屋敷となりました。

明治5年(1872)、ここに神田淡路町二丁目という名前が正式に付けられました。

町名の由来とされる淡路坂は、鈴木淡路守の屋敷があったためと言われています。

明治初期、現在の淡路公園の場所に、明治後期の日本を代表する知識人を輩出した共立学校(後の開成学園)が創設されました。ここでは正岡 子規や南方 熊楠などが学びました。

また町内には一時期、『たけくらべ』などで知られる女流作家で、歌人でもあった樋口 一葉も住んでいました。

淡路町は文化の町となり、その新進の気風は町並みにも表れていました。

大正末期から昭和初期にかけては、昌平橋近くに活動常設館(映画館)の名門である神田シネマパレスがあり、多くの人で賑わっていました。

町会の該当区域は淡路町二丁目1〜29番地までの奇数番地となっています。

【神輿の特徴】

淡路町二丁目町会の神輿は、昭和52年の宮本重義の手によるものです。神田明神氏子町会のどこにも負けないような担ぎをします。

IMG_1795

IMG_1799

IMG_1802

中神田十三ヶ町連合 神田鍛治三会町会

2017年05月14日 15:06

【町会の特徴】

昭和8年に「鍋町北の大部分・鍛冶町北の一部・鍋町西横町の内の一部」等が統合して「神田鍛冶町三丁目」となりました。

この界隈が鍋町と呼ばれていた理由は、江戸幕府の御用鋳物師を務めていた、椎名山城が屋敷を構えていたためであると言われています。

鋳物師とは、鍋や釜をつくる職人のことです。他にも御腰物金具師や御印判師なども住んでいました。

鍋町に住んでいたのは、このような御用職人ばかりではありません。紅や白粉などの化粧品、傘、菓子、釘や打物などを扱う各種の問屋をはじめ、馬具や武具をつくる職人まで店を構えて住んでいました。

江戸時代、この界隈は鍋のような日用品から馬具や武器まで、多種多様な商品が揃う町でした。

町会の該当区域は神田鍛冶町三丁目・内神田三丁目19〜21番地となっています。

【神輿の特徴】

神田鍛治三会町会の神輿は浅草岡田屋製です。総勢350名の担ぎ手により宮入を行います。

宮入時の神輿振りに御注目下さい。大興奮間違いなしです。

IMG_1786

IMG_1789

IMG_1792

中神田十三ヶ町連合 司町一丁目町会

2017年05月14日 14:57

【町会の特徴】

司町一丁目町会は、江戸時代には商人や職人の家が立ち並んでいた町でした。時代を経てもそれは変わりなく、呉服関係、印刷、製本などの職人たちが多く住む町でした。特に建築関係では、町内の職人だけで家が一軒建てることができた言われるほどです。また、商店も大きな店ではなく、生活に必要な八百屋や魚屋などが多く、人情味豊かな町でした。

明治に入ると、「三河町二丁目、皆川町、蝋燭町等」に再編されました。

さらに関東大震災後に4つの町が合併し「司町一丁目」が誕生しました。

司町の名前は神田神社の平田盛胤宮司の命名によるもので、「司」は「者の頭領なれば、未来永劫栄ゆること疑いなし」という意味を持つことから名付けられました。

昭和22年、神田区と麹町区が合併して千代田区が成立したときに「神田司町一丁目」となり、さらに昭和41年に内神田一丁目と、内神田二丁目となり現在に至っています。

町名は「内神田」になりましたが、住民組織である町会では「司」の名前を引き継ぎ「司町一丁目町会」として存続しています。今ではオフィスビルが多くなりましたが、人情味豊かなとても楽しい町会です。

町会の該当区域は内神田一丁目9〜11・16〜18番地及び内神田二丁目10〜12・15番地となっています。

【神輿の特徴】

司町一丁目町会の神輿は、昭和31年、宮本重義の手により作られました。大きさは台輪寸法2尺2寸です。蕨手の所に、銀の龍をあしらった優美な神輿です。

担ぎ手からは「楽しく担げる神輿です」と言われるような、町会と同じように人情味溢れる神輿です。また、数年前には子ども神輿と山車を修復しました。特に山車は昭和9年の大祭に皇太子殿下ご生誕を記念して作られて以来の大修復となりました。

IMG_1780

IMG_1782

IMG_1785

中神田十三ヶ町連合 多町一丁目町会

2017年05月14日 14:49

【町会の特徴】

多町一丁目は江戸時代には、神田堅大工町と呼ばれ、大工職・左官職・屋根屋等の職人が多く住む町であった、と言われています。

また江戸名物と言われた「纏屋治郎右衛門 」の店があり、江戸でただ一軒の纏屋でもありました。

町火消しの旗印たる「纏」はいずれもこの店で作ったものであり、「いろは四十七組」はもとより、他の地方の分までも一手に手掛け、その名は広く知れ渡っていたと言われています。

町会の道路下には、東京都指定史跡である「神田下水」が埋設されています。

この下水は明治17年に、一般市民の衛生や都市環境を改善する目的で、近代工学に基づいて建設された我が国初の近代下水道といわれています。その構造は現在の下水道管とは異なり、レンガで積まれ強固に築かれています。

町会の該当区域は内神田三丁目7・12〜14・17・18・22・23番地となっています。

【神輿の特徴】

多町一丁目町会の神輿は昭和27年、宮本 重義の作品です。大きさは2尺あり、白木造りとなっています。

熱気と興奮の宮入巡行は必見です。

IMG_1764

IMG_1769

IMG_1777

中神田十三ヶ町連合 内神田旭町町会

2017年05月14日 14:35

【町会の特徴】

江戸時代、この辺りは出羽秋田藩藩主佐竹 義宣及び能楽師幸若太夫の屋敷地でした。

天和2年(1682)の大火でこの付近一帯が焼失した後、佐竹氏は下谷三味線掘(現台東区)に移転し、跡地は町人地となり永富町二〜四丁目、新革屋町代地、元乗物町代地の一部となりました。

明治2年(1869)、これらの地域は「旭町」と改名されました。

「旭町」の由来は佐竹氏の家紋「扇に日の丸」に因んでいます。

町内にある『佐竹稲荷神社』は寛永12年(1635)に創られました。

同町の鎮護の神として丑寅の一隅に安置されていましたが、大震災後の区画整理の際に現在地(内神田三丁目10番地)に移されました。

昭和41年に住居表示が実施されると、内神田二丁目と三丁目の一部となり、旭町の名前は地図から消えてしまいましたが、昔を語り継ぐように町会の名前として今でも存続しています。

町会の該当区域は内神田二丁目8・9・13・14・16番地、内神田三丁目5・6・8〜11・15・16・24番地となっています。

【神輿の特徴】

旭町の旧町である、永富町では天下祭の神田祭では竜神の山車を出していました。その故事にちなんで、内神田旭町々会の神輿は神田明神、竜神山車、花笠の町衆が彫刻されている、非常に珍しいものです。昭和27年、宮本重義作です。

IMG_1758

IMG_1766

IMG_1768

中神田十三ヶ町連合 須田町北部町会

2017年05月14日 14:27

【町会の特徴】

須田町北部町会は昭和8年に設立しました。

この辺りには、かつて、甲武鉄道(現中央線)の始発駅である、万世橋駅(現交通博物館)があり、東京で一番交通の便利な場所でした。

須田町交差点の雑踏ぶりは「親知らず子知らず」と称されるほどで、大正初年(1912)に、交通巡査が日本で初めて立ったのもこの須田町交差点であったと言われています。

また、須田町北部町会には出世稲荷神社という、誰もがあやかりたい名前を持つ神社があります。

創立の頃より、町内の鎮守神であったと言われています。

現在の社殿は昭和3年に完成したもので、毎年9月15日に祭祀を行っています。

町会の該当区域は須田町一丁目1・3・9〜25番地までの奇数番地と、淡路町一丁目2・4番地、淡路町二丁目2〜12までの偶数番地となっています。

【神輿の特徴】

須田町北部町会の神輿は、昭和16年に製作されました。

伝統を重ねてきた神輿同様、我々担ぎ手も強い気持ちで担ぎ続けます。

IMG_1751

IMG_1755

IMG_1757

中神田十三ヶ町連合 多町二丁目町会

2017年05月14日 14:14

【町会の特徴】

多町二丁目は神田の中でも古い町のひとつとで、徳川家康が江戸に幕府を開いた直後の慶長11年の起立と伝えられていますので、今年で410年を迎えます。

また江戸幕府の御用を預かる青物市場の中心地として栄えていたことでも有名です。

この市場は昭和3年に秋葉原に移転するまで約270年の間、続いていました。

当初は、一、二丁目に分かれていましたが、昭和8年の住居表示変更で合併されて、全てが多町二丁目になりました。

昔の多町二丁目は「鍾馗」の山車人形を持っている町会としても有名でした。この人形は神田祭に出される人形の中でも一番大きくて、約4メートルの高さがあり、神田名物の一つに数えられるほどでした。

【神輿の特徴】

多町二丁目町会の現在の神輿は、昭和54年に新しく作り直されました。

大きさは3尺になり、胴が締り、大きな作りとなっています。

昔の神輿は大正9年に製作したもので、関東大震災前の貴重な神輿として、現在は東京国立博物館に現存、保管されています。

IMG_1745

IMG_1748

中神田十三ヶ町連合 司町二丁目町会

2017年05月14日 14:05

【町会の特徴】

司町二丁目は、「新銀町、雉子町、関口町」等が合併し、昭和10年に設立しました。

新銀町は江戸時代に銀細工を扱う者が住んでいたことに由来し、明治5年に設立しました。

このうち雉子町には、『江戸名所図会』を親子三代にわたって完成させたことや、『東都歳事記』『武江年表 』などで有名な、斎藤 月岑が住んでいました。斎藤家は代々、雉子町の名主を務めていました。

関口町は江戸時代に開かれた町屋で、関口弥太郎という人物が草創名主だったので、それに因んで名付けられました。

町会の守護神として、「真徳稲荷神社」が祀られており、五穀豊穣、悪疫鎮護、商売繁盛の神様として現在に伝えられています。

昭和22年、神田区と麹町区が合併して千代田区が成立すると、司町二丁目は神田司町二丁目となりました。

町会の該当区域は神田司町二丁目全域となっています。

【神輿の特徴】

司町二丁目町会の神輿は昭和27年、宮本重義の手により作られました。大きさは2尺5寸で、二重台座になっています。本塗の屋下総金箔押で彩られています。台輪の四方には四神彫刻が入っています。総勢400名の担ぎ手で、750キロの神輿を担ぎます。平成13年に大補修をしました。丈は低いですが、重厚な神輿となっています。連合の中でも一番の神輿であると自負しています。

IMG_1728

IMG_1736

IMG_1738

中神田十三ヶ町連合 須田町中部町会

2017年05月14日 13:53

【町会の特徴】

須田町中部町会は「神田青物市場」発祥の地として有名です。

水運を利用して神田川沿いの河岸や鎌倉河岸から荷揚げされた青物が、15,000坪(約4万9500㎡)におよぶ広大なこの青物市場で商われていました。

江戸、そして東京の食生活を支え続けたこの市場は、昭和3年には秋葉原西北に、平成2年には大田区へと移転しました。

それでも、現在の須田町町内には、東京都の歴史的建造物に指定されるような老舗商店が数多く営業しています。

須田町は江戸から続く、活気あふれる商いの伝統が今だに息づく町です。

町会の該当区域は須田町一丁目2〜14番地までの偶数番地となっています。

【神輿の特徴】

須田町中部町会の神輿は元祖女神輿です。

昭和52年から女性のみの女神輿を続けてきました。

女性ならではのきらびやかな神輿担ぎをどうぞ、御覧下さい。

IMG_7355

IMG_7365

IMG_7370

中神田十三ヶ町連合 内神田鎌倉町会 2017.05.14

【町会の特徴】 天正18年(1590)に徳川家康は江戸城へ入り、「鎌倉町」の付近は江戸城の築城工事の際、資材の荷揚げ場 ...

中神田十三ヶ町連合 淡路町二丁目町会 2017.05.14

【町会の特徴】 江戸時代、この界隈は、武家屋敷が立ち並ぶ地域でした。 永井信濃守の屋敷が松平伊豆守の屋敷となり、のちに ...

中神田十三ヶ町連合 神田鍛治三会町会 2017.05.14

【町会の特徴】 昭和8年に「鍋町北の大部分・鍛冶町北の一部・鍋町西横町の内の一部」等が統合して「神田鍛冶町三丁目」とな ...

中神田十三ヶ町連合 司町一丁目町会 2017.05.14

【町会の特徴】 司町一丁目町会は、江戸時代には商人や職人の家が立ち並んでいた町でした。時代を経てもそれは変わりなく、呉 ...

中神田十三ヶ町連合 多町一丁目町会 2017.05.14

【町会の特徴】 多町一丁目は江戸時代には、神田堅大工町と呼ばれ、大工職・左官職・屋根屋等の職人が多く住む町であった、と ...

中神田十三ヶ町連合 内神田旭町町会 2017.05.14

【町会の特徴】 江戸時代、この辺りは出羽秋田藩藩主佐竹 義宣及び能楽師幸若太夫の屋敷地でした。 天和2年(1682)の ...

中神田十三ヶ町連合 須田町北部町会 2017.05.14

【町会の特徴】 須田町北部町会は昭和8年に設立しました。 この辺りには、かつて、甲武鉄道(現中央線)の始発駅である、万 ...

中神田十三ヶ町連合 多町二丁目町会 2017.05.14

【町会の特徴】 多町二丁目は神田の中でも古い町のひとつとで、徳川家康が江戸に幕府を開いた直後の慶長11年の起立と伝えら ...

中神田十三ヶ町連合 司町二丁目町会 2017.05.14

【町会の特徴】 司町二丁目は、「新銀町、雉子町、関口町」等が合併し、昭和10年に設立しました。 新銀町は江戸時代に銀細 ...

中神田十三ヶ町連合 須田町中部町会 2017.05.14

【町会の特徴】 須田町中部町会は「神田青物市場」発祥の地として有名です。 水運を利用して神田川沿いの河岸や鎌倉河岸から ...